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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)11514号 判決 1956年4月23日

原告 田中金次郎

被告 竹中稲美

主文

被告は原告に対し、別紙〈省略〉第二物件目録記載の建物を収去して、その敷地である別紙第一物件目録記載の土地の明渡をせよ。

被告は原告に対し、昭和二十七年十二月十日以降同月末日迄は一ケ月金千七百七十円、昭和二十八年一月一日以降同年十二月末日迄は同金千二百十一円、昭和二十九年一月一日以降同年十二月末日迄は同金千四百九十円、昭和三十年一月一日以降同年三月三十一日迄は同金千七百七十円、同年四月一日以降右土地明渡済に至る迄は同金千九百五十六円の各割合による金員の支払をせよ。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決中原告勝訴の部分は、原告において、被告のため第一項につき金十五万円、第二項につき金二万円の各担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人等は、「被告は原告に対し別紙第二物件目録記載の建物を収去して、その敷地である別紙第一物件目録記載の土地の明渡をせよ。被告は原告に対し、昭和二十七年十二月十日以降同月末日迄は一ケ月金千七百七十円、昭和二十八年一月一日以降同年十二月末日迄は同金千二百十一円、昭和二十九年一月一日以降同年十二月末日迄は同金千四百九十円、昭和三十年一月一日以降右土地明渡済に至る迄は同金千九百五十六円の各割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

東京都大田区入新井六丁目三十三番の二宅地百十一坪五合九勺(以下「従前の土地」という)は、元訴外酒井幾五郎、同里舞の共有地であつたが、昭和二十一年十月一日附東京都告示を以て旧特別都市計画法による区画整理地区に編入され、整理施行者たる東京都知事は、昭和二十七年五月三十日、右土地に対する換地予定地として同都同区入新井五丁目三百十七番の二、同四乃至六、同八の各一部からなる別紙第一物件目録記載の土地(以下「本件土地」という)を指定し、同日その旨酒井等に通知した。原告は、同年十月九日、前記訴外人等から従前の土地を買受け、同月十四日所有権移転登記を経由したから、右訴外人等がその換地予定地たる本件土地に対して有する旧特別都市計画法第十四条による使用収益権も当然に原告に承継されたものである。その後右法律は土地区画整理法施行法によつて廃止されたが、同法第六条により原告の右使用収益権は土地区画整理法第九十九条による使用収益権とみなされた。被告は、本件土地について原告に対抗できる権原を有しないに拘らず、昭和二十七年十二月十日以降本件土地に別紙第二物件目録記載の建物(以下「本件建物」という)を所有して右土地を占有し、以て原告の右使用収益権を侵害し、右土地の統制地代額相当の損害を蒙らしめている。右土地は数筆の土地であるが、そのうち最低価格の部分を標準として右土地全部の統制地代を算定しただけでも、昭和二十七年度は一ケ月金千七百七十円、昭和二十八年度は同金千二百十一円、昭和二十九年度は同金千四百九十円、昭和三十年度は同金千九百五十六円となる。

よつて原告は被告に対し、前記使用収益権に基いて本件建物の収去及び本件土地の明渡を求めると共に、右損害中右割合による損害金の支払を求めるため本訴提起に及んだ。と述べ、

被告の抗弁事実(一)及び(二)に対し「東京都知事の通知によつて生ずる被告の本件土地の使用収益は、当然には原告に対抗できるものではなく、従前の土地に対する被告の借地権が原告に対抗できるときにのみ、右使用収益権も原告に対抗できるに過ぎない。」、同(三)に対し「被告主張の事実はすべて否認する。」、同(四)に対し「原告が他に本件土地附近にある宅地を所有していて宅地には特段不自由を感じていないこと、他の借地人に対して本件と類以の方法によつて土地の明渡を求めたことがあること、原告が従前の土地の差配人として酒井等の命を受け同人に代つて被告から地代を徴収していたことは認めるが、その余の事実は否認する。酒井は老令であり且つ他に収入の途がなく、財産税その他の負債を整理する必要上やむなく従前の土地を売却することとしたのであり、原告は、酒井より被告との従前の土地の賃貸借契約は解除されたと聞いたので、これを信じて右土地を買受けたものである。」と答えた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人等は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、原告主張事実中従前の土地が酒井幾五郎、同里舞の共有地であつたが、原告主張どおりの区画整理区に編入され、東京都知事は原告主張の日に本件土地を右土地に対する換地予定地として指定し、その旨酒井等に通知したこと、被告が本件土地の上に原告主張の日以降本件建物を所有して右土地を占有していること、本件土地が原告主張どおりの土地の各一部からなつていることは認めるが、原告が酒井等から従前の土地を買受けて、その登記を経由し、本件土地に対する旧特別計画法に基く使用収益権を承継したこと、本件土地の統制地代が原告主張のとおりであること、は不知である。と答え。抗弁として、

(一)  被告は昭和十二年六月、従前の土地をその所有者酒井幾五郎等から普通建物所有の目的で賃借し、右地上に建物を所有していたが、右建物は昭和二十年四月戦災を受けて焼失した。その後、右土地が区画整理地区に編入されるや、被告は右土地の賃借権者として旧特別都市計画法施行令第四十五条但書の届出をなし、昭和二十七年五月三十日整理施行者たる東京都知事から、右土地の換地予定地を本件土地とする旨の指定通知を受けたから、被告は旧特別都市計画法に基き右通知により借地権と同一内容の本件土地に対する使用収益権を取得した。右使用収益権は従前の土地の所有権を取得した原告に対して当然に対抗できるものである。

(二)  仮に右使用収益権が、借地権に準じて何らかの対抗要件を要するものとしても、その対抗要件は整理施行者たる東京都知事が被告のために本件土地の使用収益権を設定した旨をその公簿に登載することで足りるものというべく、東京都知事は右の登載をなしたから、被告は原告に対し右使用収益権を対抗できる。何となれば、一般に、換地予定地の指定の通知を受けた日の翌日から換地処分が効力を生ずる日まで、従前の土地の権利者は従前の土地の使用収益を禁止され、たゞ換地予定地の全部又は一部について、従前の土地に存する権利と同一内容の使用収益をなすことができるに過ぎず、しかも換地予定地がそのまま換地として確定するとの保障はないのであつて、事実、本件の従前の土地は既に第三者が正当の権原に基いてその地上に建物を建築してこれを使用しており、且つ本件土地についても当局より換地処分が効力を生ずるまでに多少の変動は免れない旨明言されていたため、被告としても、換地処分が効力を生ずるか或は将来も現在の換地予定地の範囲が変更されないことが確定するまでは、堅固な建物を建築して、登記手続を経由するということなどのできない極めて不安定な状態にあつた。従つて、かような特殊な事情のもとにある前記使用収益権につき、その対抗要件として、借地権の対抗要件と同様なものを求めることは不可能を強いるに等しいというべきである。

(三)  原告は従前の土地の差配人であつた際、差配人として被告の本件土地の使用を承諾する旨の書面を作成したから、その後原告が本件土地の所有権を買受けたときにおいて、原告は、当然、被告に対して、従前の土地の賃借及び本件土地の使用を承諾したことになるというべきである。

(四)  原告の本訴請求は権利の濫用であつて許されない。すなわち、原告は従前の土地の所有者である酒井等と特に密接な姻戚関係にあり、又従前の土地の管理人として酒井等の命を受け同人等に代つて被告から地代を徴収したり被告に対し土地に関する書類に押印を求めたりしていたもので、従前の土地に被告が借地権を有し、本件土地がその換地予定地であること、被告の借地権には対抗要件がないこと等を充分知悉していた。しかも、原告は他に本件土地附近の宅地を所有していて、宅地には特段不自由を感じていないのに、他の借地人に対しても本件と類以の方法によつて土地の明渡を求めたことがある。これらの事実からみて、原告が専ら、被告の前記不安定な立場に乗じて、その借地権を除去し、利得を挙げることを目的として、従前の土地を買受けたものであることは明白である。と述べた。〈立証省略〉

理由

従前の土地が訴外酒井幾五郎、同里舞の共有地であつたが、昭和二十一年十月一日附東京都告示を以て旧特別都市計画法に基く区画整理地区に編入され、整理施行者たる東京都知事は昭和二十七年五月三十日、右土地に対する換地予定地として本件土地を指定し、同日その旨酒井等に通知したこと、被告が本件土地の上に同年十二月十日以降本件建物を所有している右土地を占有していることは当事者間に争がない。

土地区画整理法第九十八条に基く仮換地の指定(同法施行法第六条により旧特別都市計画法第十三条に基く換地予定地の指定は土地区画整理法第九十八条に基く仮換地の指定とみなされる)がなされたゞけでは、仮換地は換地と異り従前の土地とみなされるものではないから、従前の土地に存する権利関係は依然としてそのまゝ従前の土地に存在している。たゞ同法第九十九条により、従前の土地の所有者及びその他権原に基いて使用し、収益することのできる者は、仮換地指定の効力発生の日から換地処分の効力が生ずる日まで、従前の土地についてその使用収益をすることができなくなる反面、仮換地の全部又は一部について、従前の土地について有する権利の内容である使用収益と同じ使用収益をすることのできる権利を取得するに過ぎない。従つて、従前の土地所有者が仮換地の指定がなされた後にその所有権を第三者に譲渡することは何ら差支えないばかりでなく、仮換地の使用収益権は、土地区画整理の実施を円滑迅速ならしめる必要上従前の土地に存する権利の内容たる使用収益を禁止することの代償として、認められる権利であつて、いわば従前の土地に属する属物的権利ともいうべきものであるから、従前の土地に存する権利とは常に密接不可分の関係にあり、従前の土地に存する権利が移転すれば、仮換地の使用収益権もまたこれに随伴して当然に移転するというべきである。本件についてみるに、成立に争のない甲第一乃至第三号証、原告本人田中金次郎尋問の結果を綜合すると、原告が昭和二十七年十月九日酒井等から従前の土地の所有権を買受け、同月十四日所有権移転登記を経由したことを認めるに充分であるから、原告は右買受によつて従前の土地の所有権を取得すると同時に当然本件土地の使用収益権をも取得したことは明らかである。

成立に争のない乙第一号証、証人黒田代吉の証言、原告本人田中金次郎尋問の結果、並びに弁論の全趣旨を綜合すると、被告は昭和十二年六月頃、酒井等より、従前の土地を普通建物所有の目的で賃借し、右地上に建物を所有していたが、昭和二十年四月戦災により右建物を焼失したこと、その後、被告は右土地の借地権者として、整理施行者たる東京都知事より昭和二十七年五月三十日附で、右土地に対する換地予定地として本件土地を指定する旨の指定通知を受けたことが、認められる。従つて、被告は右通知を受けた日の翌日より換地処分が効力を生ずる日まで、本件土地について、従前の土地に有する借地権の内容たる使用収益と同一内容の使用収益をする権利を取得したことは明かである(土地区画整理法第九十八条、第九十九条、同法施行法第六条、旧特別都市計画法第十三条、第十四条)。しかしながら、被告のこの使用収益権の性質効力はすべて従前の土地に存する権利すなわち借地権のそれに準ずるものであつて、この借地権が対抗力を具備するときにのみ仮換地の使用収益権も対抗力を有すると解すべきである。何となれば、土地区画整理法(旧特別都市計画法も同様)における換地処分は、なるべく権利の実質に変更を加えず、たゞ権利の目的物だけを変更することを主眼としているものと解すべく、従つて、換地処分が効力を生ずるまでの経過的措置としてなされる仮換地指定処分もあらかじめ従前の土地に存する権利の内容たる使用収益だけを一時停止せしめる代りに仮換地の使用収益権を附与することにより、権利の目的物の変更に伴う使用関係を円滑迅速に規整することを主眼としているのであつて、従前の土地の権利者に対して、従前の土地を使用収益する以上に有利な又はそれ以下に不利な法律上の地位を与えることを目的としているのではないと解せられるからであるところが被告は被告の使用収益権は、当然に、又は整理施行者たる東京都知事が右権利を設定した旨を公簿に登載することにより、第三者たる原告に対抗し得ると主張するのみであり、かような事実によつては、従前の土地に存する借地権が対抗力を有しないことが明かであるから被告の主張はいずれも採用することはできない。

また被告が主張するとおりに、原告が従前の土地の所有権を取得する以前に、従前の土地の差配人として、被告の本件土地の使用を承諾する旨の書面を作成した事実が仮に認められたとしても、右事実のみによつては、原告が従前の土地の所有権を取得したときにおいて、原告が当然に被告に対し従前の土地の賃借及び本件土地の使用を承諾したこととなる理由はないから、被告のこの点に関する主張もまた採用する余地がない。

次に原告の本訴請求が権利の濫用となるかどうかを判断する。原告が他に本件土地附近に存在する宅地を所有していて、宅地には特段不自由を感じていないこと、他の借地人に対して本件と類似の方法で土地の明渡を求めたことがあること、原告が従前の土地の差配人として酒井等の命を受け同人等に代つて被告から地代を徴収していたことは当事者間に争なく、原告本人田中金次郎尋問の結果によると、原告と酒井幾五郎とは甥叔父の関係にあり、また原告の子供が一時酒井の養子になつたこともあることが認められるが、しかし右事実のみでは未だ原告の本訴請求が権利の濫用になるとは考えられず、却つて、証人黒田代吉の証言、原告本人田中金次郎、被告本人竹中稲美各尋問の結果を綜合すると、酒井幾五郎は七十六歳の老令で子供がなく夫帰二人きりで生活しているが、従前の土地の地代以外に特段の収入の途もないために右土地を原告に売却したものであること、原告が右土地を買受けた後本件土地について板塀を設けるまでは、本件土地は雑草の生い茂つた空地のまゝで放置されていたこと、その後に被告は本件土地に本件建物(バラツク)を建設したけれども、現在誰が右建物に居住しているかも知らず、その管理を人に任せたまゝであり、更に、本件土地に対する権利を第三者に譲渡しようとしたが、酒井の承諾を得られなかつたので中止したこともあること等が窺われ、他に権利濫用を認めるに足る事実の証明はないから、被告のこの点に関する主張も理由がない。

そうすると、本件土地について、被告の原告に対抗できる占有権原は認められず、被告は本件土地を占有することにより、原告が本件土地について有する所有権と同一内容の使用収益権を侵害しているものというべく、原告の右使用収益権は、前述の如きその性質効力からして、所有権に準じて所謂所有物返還請求権と類似の請求権を生ずるに至つたものと解すべきであるから、被告は、本件土地の上に存する本件家屋を収去して右土地を明渡すと共に、右土地の不法占有によつて原告に与えた損害を賠償する義務があることは明かである。

よつて損害額について判断する。本件土地が東京都大田区入新井五丁目三百十七番の二、同四乃至六、同八、の各一部からなつていることは当事者間に争なく、成立に争のない甲第六号証、同第八号証の一乃至四を綜合すると、右各土地の価格のうち最低額は、昭和二十七年度は同番の四の一坪当り六千五百九十一円(円位未満切捨、以下同じ、)昭和二十八年度は同番の四の同四千三百九十三円、昭和二十九年度は同番の六の同五千四百九十六円、昭和三十年度は同番の六の同七千百四十五円、であることが認められ、右認定に反する証拠はない。便宜上右の最低の価格を標準として、昭和二十七年建設省告示第一四一八号によつて本件土地九十三坪一合八勺の統制地代額を算定すると(円位未満は同告示により切捨)、昭和二十七年十二月十日以降昭和三十年三月三十一日迄は一ケ月金千七百七十円、昭和三十年四月一日以降は同金千九百五十六円となること明白である。反対の事情のない本件では被告の本件土地不法占有により蒙つた原告の損害額は右統制地代額と同額であるというべきであるから、被告は右損害賠償として、原告に対し、昭和二十七年十二月十日以降同月末日迄は一ケ月金千七百七十円、昭和二十八年一月一日以降同年十二月末日迄は同金千二百十一円、昭和二十九年一月一日以降同年十二月末日迄は同金千四百九十円、昭和三十年一月一日以降同年三月三十一日迄は同金千七百七十円、同年四月一日以降右土地明渡済に至る迄は同金千九百五十六円の各割合による損害金を支払う義務があることは明かである。

よつて原告の本訴請求は右の限度において正当であるから、これを認容し、その余の請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十二条、仮執行の宣言について同法第百九十六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤原英雄 輪湖公寛 山木寛)

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